アレックス・カープ著、テクノロジカル・リパブリックの読書感想文です.

書籍のAI要約は以下. この書籍はどうも人文系の人たちで評判なようで読書感想文も、テック系というよりは人文系な感想が多い. わたしはテックよりで書いてみよう.

テクノロジーは社会を変革し、国家を変え、人類を前進させるために使うべきであるにもかかわらず、シリコンバレーは限られた分野の消費者向けプロダクトに注力し、10年で消えゆくような「イノベーション」に大量の資金と頭脳が投じられている。国家は科学技術への野心と関心を失い、敵と西側世界とのイノベーション格差は開く一方だ――という問題意識のもと、テック業界は政府との関係を再構築し、エリート技術者たちは国家プロジェクトに関与すべき.

ジョブズ批判の書、彼の成功は私的で個人的なものです

まず、この本に興味をもった理由だが、Youtubeでジョブズ批判の書ときいたから. 1

ジョブズの革命が基本的には私的で個人的なものであることは認めなければならない(p93)

ここが刺さった. なぜならば、わたしはジョブズやハッカー文化に対する強い憧れがあるが、これはハッカー文化、シリコンバレー、そしてジョブズ批判の書なのだ.

最近のシリコンバレーのイノベーションがショボい

まず、最近のシリコンバレーのイノベーションがショボい論が展開される.

  • 世界を変えるは、使い古されて空疎になった.
  • 個人の欲望やニーズを満たす狭い領域に関心が集中している.
  • 国家の最も重要な課題に取り組むための基幹技術の構築には関心がない.
  • かくして、ソーシャルメディアとデリバリーアプリの時代になった.
  • イーロン・マスクが例外.

この議論、記憶ではピーターティールの言葉が有名だが、どっちが先に言い出したのかはわからない2. ティールとカープは昔からの友達だから、雑談から生まれた可能性も高い. もっといってしまうと、書籍ではブルシットジョブで有名なデヴィッドグレーバーのブログ記事も引用してる3. なんとなく業界共通のシリコンバレー批判なのかもしれない.

ただ、そもそもハッカー文化が好きという認知バイアスがかかっていると、そういうメタ視点が取れないというところがポイントであり、この視点を手に入れることができただけでもよい読書といえる.

安心便利快適という快楽主義はサルの欲望を加速しただけだ

そして、こういうハッと目覚めた視点から見てみると確かにショボい. 盲目的に、安心快適便利はよいことであり、それを実現するのがテクノロジーだと思ってきた. ただ、それは単なる欲望を拡張しただけだった. そして、そういう視点に気づいたとき、もう肯定的にすべてのテクノロジーはよいものだとはいえないだろう.

わたしはジョブズに憧れて禅を学び、その延長で仏教が好きになったが衝動的な欲望こそ、仏教の立ち向かうべき課題だ.

「人々の承認欲求を組織化、収益化. このような文化の間違った使い方に怒りをぶつけなければならない」と書籍では述べている.

エンジニアは、なにをなんのためにつくるかの問いを発しない

もう一つ刺さったことは、エンジニア批判.

技術的におもしろそうならば、躊躇なく行う. 資本主義の求めに応じて、かつ自分も金持ちになるために、キャリアを捧げる.

だが、なにを作るべきか、それはなんのためにという根源的な問いを発してみようとはしない.

つくりたいからのあとにはニヒルな賢者が笑みを浮かべている

面白いからつくる、つくりたいからつくるという態度の批判.

まず思い浮かんだのは、リーナス・トーバルズのそれがぼくには楽しかったからという書籍タイトルだ4. また書籍では、ザッカーバーグも批判してる. 彼は女子学生を振り向かせたかったからでしかない.

わたしが年を取って改めて共感してしまうのは、やはり仏教の価値観が大きい. 楽しいとか執着でしかない. 楽しいからとかいう刹那主義とか、便利だという快楽主義は、そのあとに虚しさがあることを強烈に痛感するべきだ. ここには、虚しさの問題がある. 5

エンジニアは人文学を学べ!しかし人文学は役に立たない?

第6章では、最近の人文科学専攻の学生数の減少とコンピュータ科学や工学専攻の増大を憂いている. 第7章では、西洋文明史を学ばない最近の大学の傾向を批判している. 西洋の歴史や文化に無知であることは、糸が切れた凧にすぎないと. テクノ不可知論者と.

ちょうどこれを書いている2026年6月、YoutubeでGoogleがイスラエル軍に協力していことへの抗議のニュースをみた. 書籍(p71)では、2024年グーグル社員が米軍のためにソフトウェアを提供しないことに対して批判していた. ここでの問題の論点は安易な非暴力や平和主義ではなく、そこに信念があるのかと批判している. 6

自分自身の世界観を形成する能力に乏しい. その結果、他人の計画や設計の道具になりやすい. 世界について、この世界のなかの自分の位置について、批判的に考える機会が失われている.

私自身がとても無知だ. スタンスを取るにしても、そもそも知識が乏しいからなんとなく周りを見たり、自分の狭い視野でスタンスを取らざるを得ないし、もっというとよくわからないからこそ、興味がないというスタンスを取る.

日本にも理系文系の二分論はあるし、私自身が歴史に疎いということを負い目に感じていて、最近は「自分には教養やリベラルアーツが足りない!」という謎の危機感から書籍を読んだりコテンラジオをきいている. これに鼓舞されて、よしもっと人文学を勉強するぞぃ!と張り切ったところで、Youtuheで西田亮介さんの人文学は役に立つという自己啓発に対する批判をみつけて爆笑した. 7

  • 人文知で多様な視点が身につく根拠がない
  • 人文知でなくても多様な視点が身につく

人文学について最近はAI疲れの避難所として、わたしは楽しんている. これが役に立ってしまうと武器にしなければという自己啓発は苦しい. どちらかというと、役に立たないからこそ楽しみたい.

そうはいっても一方で、そんなゆるフワな態度ではアイディンティティ実存問題や覚悟を決めた信念は持てるかの?難しいな…

ハッカー文化にはカウンターカルチャーという時代背景が前提にある

せっかくなので、歴史背景からハッカー文化を勉強しておきたい. 歴史を振り返ってみれば、ジョブズの価値観にはハッカー文化の前提がある. そしてハッカー文化にはヒッピー文化の前提がある. Power to the people、個人の手にテクノロジーの力を取り戻す8.

ヒッピー文化は、1960-1970年代にアメリカを中心に広がったカウンターカルチャー. 反戦・平和主義、とくにベトナム戦争の影響. そう、ルーツのアイデンティティには戦争反対があるわけだ. ここが国家に奉仕せよと矛盾するところだ. ただ、ここに関する反論としては、軍事に協力することそのものが戦争の抑止力になり、平和を保つことにつながると展開されている.

わたしがここで注目することは、わたしが最近無意識のうちに好きになっていた、ヨーガやトランスミュージックですら、ヒッピー文化に端を発するということ. わたしのこの個人的な趣向性や価値観は、なにか社会からの影響によってそのようになっていること. 自分の好みとは?

さらにいえば、カウンターカルチャーとはメインカルチャーのカウンターであるが、メインとカウンターが交互に流行になるとすると、ジョブズが数十年ズレて生まれていたら?そしてこの個人主義の時代の次は共同体主義なのか?そしてわたしがそれが好きだとか嫌いだとか思うのも、それは社会の流れが自分の趣向に働きかけるのか?

しかし、それは言葉を変えれば洗脳でもあるので、だからこそメタ認知として歴史的な文脈を踏まえて流されないようにしないといけない. わたしはすぐに流される、テクノロジカルリパブリックを読んで危うく国家万歳になりかけた.

南部バレーこそ日本のテクノロジカルリパブリックだったのか?

小林よしのり戦争論ではアメリカの洗脳のせいで公を失ったといっていた

わたしはこの書籍について、後半の国家に奉仕せよという部分はあまり心に刺さらなかったのだが、このような議論を読んで、大学1年生のときに小林よしのりの戦争論を読んでとても感銘をうけたことを思い出した.

当時、一生懸命メモを取ったのだが、改めて見返すと日本は欧米の洗脳によってこんな腑抜けな個人主義が芽生えたと説く. この時代背景の背後にはオウム真理教や自己啓発セミナーなどの時代背景がある.

しかし「アメリカの洗脳のせいで!」と避難しているアメリカそのものが、今まさに個が強すぎてしまい、公が失われているという議論はとても面白いと思った.

知識人は50年前終わった戦争で日本人は国家に「個」を奪われたと考えた。日本は欧米人のように「個の確立」ができないんだといった。その反省から国家には距離を置いて個人主義を目指したほうがいいといった。国家アレルギーは個人を異様に尊重し、個人の権利のみ声高に主張させ、個人への義務や制限を取っ払い、公共心を崩壊させてゆく。かくして多くの知識人・言論人・進歩的文化人・小説家・芸術家・スポーツマンたちが、国家を忌み嫌い、愛国心を揶揄し、反権力を気取り、国や共同体集団に帰属することをさげすみ、個人だけだ、個人が一番大事なのだ、誰のためでもない、個人のためにやるのだ、「個の確立」が望まれるのだ、と力説してカッコつけた。今の日本人で「個人主義だ」「個の精神だ」と唱えているやつは、アメリカの洗脳によって「公」を背負えないフヌケと化したものに過ぎない。日本の個人主義者は単なるエゴイストである。

「公」の制約なき「個」がふわふわ浮かんで、インターネットなどを覗くとみんなつぶやいている。個人のつぶやきを意見と勘違いして公の場に垂れ流してしまっている。あらゆる関係から解き放たれた「本当の自分」があると思い込み、自分探しまではやっている。そんなものどこにもありはしないのに。そして、やすやすとみすぼらしい宗教にはまってしまう。

発狂しやすい社会である。もともと日本には欧米のような「個」はないらしい。欧米は一神教があるから「倫理」がある。だが日本には善悪の基準となる倫理をもった「個」などないという。そのかわり共同体があって他者の目を気にして善悪を判断する「道徳」があった。しかし、今共同体が崩壊し、そこから自由になった個は他者も神も見ていないから基本的には人が見てなきゃなにやったっていい、とりあえずの価値基準はこうだ。共同体崩壊を不可逆的なものとみなして、この無迷惑自由主義を積極的に肯定して見せる学者もおり、これに抗して「家族」の再生、「共同体」の再生、「国家」の再生を訴えるものは、しょせん無駄なロマン主義の親父たちと非難される。だが、この無迷惑自由主義も反体制の亜種のようなもので、人はそれほどロマンなしに生きる斜に構え方も持続できず、建前なしに生きる露骨な根性ももってなく、必ず生きがいを求めて煩悶し、神を求め絶対への志向をなくすことはできない。とりあえずは圧倒的に常識は機能しているのであり、「世間」も壊れていない。しかし、人の気分は変わる。社会の空気は変えられる。日本人の個にも神は降臨する。人が自分を超える善悪の彼岸を求めたその先に「神」は現れたのだ。個と公が相似する神を自分の中に創る。人はその理想を捨てる勇気は持たない。公を離脱する個は獣をしみ出すからだ。関係性の中で人は人になる。

テクノロジカル町内会

しかし、なんで国家なんだという点がある. 大学生のときの読書メモにも

個人⇒家族、親戚⇒親友、恋人⇒所属先(会社、学校)⇒社会、地域⇒国家⇒地球

のようなモラルサークルでいいんじゃないかとある. 国家が大きすぎて身近に感じない. テクノロジカル町内会くらいがちょうどいいのではないか?

南部バレーこそ日本のテクノロジカルリパブリックだったか?

改めてジョブズの話題に戻る. 第8章では、マッキントッシュのCM、19849が紹介される. ここでは、コンピュータ業界を支配してきたIBMおよびメインフレーム機に対して、パーソナルコンピュータは対抗するのだとした.

ここで思い出したことは、池田敏雄という日本の国産コンピュータでIBMに挑戦したエピソード。これはプロジェクトXで取り上げられている10. 1971年通産省の平松守彦氏が旗振りをして、コンピューター業界6社(日立/富士通/NEC/東芝/三菱/沖)をグループ化し、巨額資金を集中投入することでIBMに対抗できる国産コンピューターを開発することを目標に掲げた11. そのなかのグループの一つを率いたのが富士通の池田敏雄であり、1974年にIBMに売上互角まで追いついた.

これは国家がテックに介入するという点では、テクノロジカルリパブリックの思想に近いという点では驚きだ. しかし、そこから10年後にマッキントッシュが発表されて、パーソナルコンピュータ、インターネット、スマートフォンの時代へ.

ジョブズは先見の明があり波は個人の時代へ、国産コンピューター業界6社は世界線が違って波に乗れずに沈没していった. いや、個人の時代に完全に向かったわけではなく、メインフレームからのオープン系からのクラウド時代へと突入したが、そこはもはやGoogle/Amazon/Microsoftの3強であり、国産コンピュータ業界6社は地平線の彼方だった.

現在この文章は溝の口というJR南部線の中心で書いている. かつて南武線は日本のシリコンバレー12と呼ばれたとか呼ばれてないとかで世間に笑顔を届けたわけだが、なぜ世界線の違いで日本産業はこんなにも世界と差がついてしまったんだろうか. 完全にノスタルジーなものの、ワンチャンの国産テクノロジカルリパブリックはないのかと妄想した、という読書感想.


  1. Palantir CEOが提言「AI時代、テック企業は国のために働く義務を果たせ」【テクノロジカル・リパブリック】 - YouTube, t10あたりからの話. ↩︎

  2. 「We wanted flying cars, instead we got 140 characters(私たちは空飛ぶ車を望んだのに、代わりに140文字を手に入れた)」Founders Fundの投資哲学. https://www.slideshare.net/slideshow/founders-fund-manifesto/9410693 ↩︎

  3. https://thebaffler.com/salvos/of-flying-cars-and-the-declining-rate-of-profit ↩︎

  4. それがぼくには楽しかったから - Wikipedia ↩︎

  5. 男性ならば、それらは賢者タイムという言葉でよくご存知のはずだ. ↩︎

  6. 米スタンフォード大卒業式で学生が次々と退席、グーグルCEOの祝辞で - YouTube ↩︎

  7. ビジネス&文系業界で話題?っぽい『人文知は武器になる』(文春新書)を読んだらあまりに酷過ぎたので、「無根拠の羅列」「教育の認識が古すぎ」「むしろ人文と文系を侮辱」問題を中心に、、、2026/04/28 - YouTube ↩︎

  8. POWER TO THE PEOPLE. (Ultimate Mix, 2020) - John Lennon/Plastic Ono Band (official music video HD) - YouTube ↩︎

  9. 4K Restoration: 1984 Super Bowl APPLE MACINTOSH Ad by Ridley Scott - YouTube ↩︎

  10. Amazon.co.jp: プロジェクトX 挑戦者たち 国産コンピューター ゼロからの大逆転 [DVD] : DVD, Youtubeに動画あるかもないかも. ↩︎

  11. 三大コンピューターグループ - Wikipedia ↩︎

  12. 南武バレー|2007年3月10日|出没!アド街ック天国:テレビ東京 ↩︎