エドワード・O・ソープの自伝、“A MAN FOR ALL MARKETS”(天才数学者、ラスベガスとウォール街を制す)を読んだ読書感想文です。

天才数学者、ラスベガスとウォール街を制す(上) 偶然を支配した男のギャンブルと投資の戦略

エドワード・ソープについて

業績のわりにあまり名前が知られていない気がする. 本を読んで記憶している限り列挙.

  • 1932年生まれで現在90代. なんと2019年のYoutube動画がある(生きてることに驚いた). 1
  • 数学的必勝法カードカウンティングを開発してブラックジャックを攻略. バカラも攻略. 1962年書籍出版、ディーラーをやっつけろ!
  • 情報理論の父、クロードシャノンと共にルーレット攻略. 世界初ウェアラブルコンピュータ開発.
  • 金融工学の父. ヘッジファンド、クオンツの先駆け.
  • ヘッジ戦略の先駆け. Beat the Marketで書籍出版.
  • 統計的裁定取引の先駆け.
  • ブラック-ショールズ方程式の元になる理論を発表.

書籍の概要

上巻では、ソープの幼少期から大学時代、そしてブラックジャック攻略、そしてカジノを出禁になってトレーダーに転身してヘッジファンド(PNP)を設立するまで.

下巻は、PNPから撤退. そしてあまり日本語情報として引っかからないその後の人生について. 投資戦略、人生哲学、振り返りなどなど…

上巻は、出し抜いた!とかひどい目にあった!みたいな話が次々と展開されていってとてもスリリングだ. 一気に読んだ.

もう少し言うと、下巻は人生の主要な物語の後の知られてない話と振り返りなので、そこまで熱い人生ではない. 時間がなければ、上巻のブラックジャックあたりから最後までを一気に読破するのをおすすめする. 2時間の映画をみるよりもずっとワクワクが駆け巡る.

上巻 - カードカウンティングから市場分析へ

まずそもそも前半のほうは、幼少期からの頭いいエピソードがゴロゴロ紹介される. 努力した秀才というよりは、もう人生ゲーム初期からの天才タイプ.

ブラックジャンクを数学的にハックする!

書籍がおもしろくなってくるのは、ブラックジャックを数学的に攻略しはじめるあたりから.

400年、必勝法はないとはきいていた。しかし、なぜあるはずがないのかは聞いたことがなかった。p125

この発想がすごい. が、ギャンブラーというよりも数学をやっているからこそ出てくる発想かと思った. なぜないのかを数学的に証明できれば、それはそれでアカデミックな業績にもなる. ブラックジャックに取り組み始めたソープはまだ駆け出し数学者.

シャノンとソープの共同研究でルーレットをハックする!

しかし、もっと驚くのは、同じ発想で今度はルーレットを攻略しはじめたくだり.

ホイルを回るルーレットの球と軌道を回る惑星は似ているということだった. 惑星の位置は正確に予測できるのだから、ルーレットのホイルを回して出る結果も予想できるかもしれないと考えたのだった. p89

この発想を考えたのは、高校生のときに物理学に憧れていたときの妄想. この発想は数学的ではなく、若さがないとできない. そんな高校生のときに漠然と考えていたことを、20代後半30歳近くになって追求するところがおもしろい.

さらにこの共謀に天才数学者クロードシャノンと意気投合して共同研究するのも、とても無邪気なおもしろさがある。書籍では、週に20時間を共に研究したとある. そして、世界初ウェアラブルコンピュータ、その実際はシャノンが靴に仕込んだスイッチを親指で押してエドソープがそれを無線通信で暗号受信するみたいな珍妙過ぎる、しかし本人たちは大真面目というドラマになりそうなエピソード.

下巻 - ウォール街での挑戦

下巻では、ソープがウォール街に転身し、定量的トレーディングの世界を切り開いていく過程が描かれる。

数学科は猿の檻だ!

アカテミックな数学教授からヘッジファンドへの転身というくだりだが、そのモチベはかっこいい野望というよりは、期間限定の学科長になったとき、同僚の数学者たちの珍妙な不祥事にブチ切れて「数学科は猿のオリだ」といって去るという、ドラマチックでないグダグダ感がおもしろい.

ぼくのかんがえたさいきょうのトレーディングエッジ3つ

エドソープのヘッジファンドのトレードにおけるエッジは3つ.

  1. ヘッジ戦略. ワラント転換社債裁定. 日本市場に置ける最大プレーヤーだったらしい.
  2. のちにブラックショールズ方程式につながるワラント適正価格の計算方程式
  3. 統計的裁定取引

1と2は、Beat the Market(1967、翻訳なし)に書いた結果、その2を理論を数学的に精緻にしたのがブラックショールズ方程式.

3の統計的裁定取引について. 実は直接のきっかけは、統計的裁定取引について調べていたら、エドソープが先駆けという情報をしったのでこの書籍を手に取った. これについては、下巻の前半のほうにそこそこ詳細に書いてある.

chapter19は章のタイトルが「安く買って、高く売って」なのに、サブタイトルが「市場が上がろうが下がろうが利益を出す」というところにユーモアを感じる. そして、この統計的アービトラージを誰が一番はじめに考えたか知っているか?それはジェリー・バムバーガーだ(p64)という感じで詳細に歴史的な経緯と手法を解説していく.

統計的アビトラシステムトレーダーの先駆け

「市場は完全には効率的ではなく、数学とコンピュータを使えば小さな非効率性を見つけられる」

彼のヘッジファンドPNPが終わったあとのエピソードはなかなか日本語でもネットにないのだが、書籍を読んで驚いたのは、統計的裁定取引のシステムトレードをしていたこと。しかも、スティーブ・ミズサワという人と2人で!(のちに最大6人と書いてあった). そんな少人数なのか、と驚いた. なんか個人開発システムトレーダーみたいな生活じゃないか.

感想

大学三年のときの競馬研究/大学四年のときの情報理論の勉強を思い出した

わたしは大学で応用数学を専攻した. しかし、今振り返っても本当に勉強をしない学生だった. テストをなんとか切り抜けて最低限の努力で進級して卒業出来ればいいというマインドセットだったので.

そんな堕落した3年生の秋、モンテカルロ法のゼミをとったときに、担当の教授に態度が悪くて怒られた. なんで怒られたか詳細は忘れてしまったのだが、その怒りを元になんとかこのゼミで怒った教授を見返したいという謎のモチベが沸いた. ここにおいて、はじめて大学で数学を頑張るモチベが沸いた.

そして、数学をつかって競馬を攻略することにした. 天皇賞の12月までの期間限定で、そしてそれが終わったら就活をした. わたしはとにかく勉強してなかったので、院にいく選択肢はないなと思っていた. 数学で競馬を攻略する!と決意して、でも勉強も適当だったし、アイデアだけでなにをしていいのか全然わからなかった. 20年前にネットで調べたところで、大した情報もなかった. そもそもそういう取り組みをしてる人はほとんどいなかった. 怪しい書籍は売られていた.

わたしはとりあえず大学の図書館でなにかヒントが得られそうな金融工学の書籍をとりあえずたくさん開いて読んだのだが、なにもわからなかった. 結局、とりわけすごい成果はなにもなかった. ただ、そもそも競馬をゼミの題材にするというのが、他の人とちがうユニークなテーマで、評価はまあまあだった. しかし、ここにおいて初めて数学を一生懸命に学んで楽しいなと思った. しかし、楽しいなと思ったときには、もう就活のレールに乗っていた. 数学の楽しさに気づくのが遅かったようだ.


大学4年生で研究室配属のときに選んだのは情報理論だった. しかし、なんかコンピュータをつかって計算云々みたいな工学的な世界ではなくて、ひたすら情報理論の書籍の輪講をして先生の前でホワイトボードで数式を書いて発表するという、ガチ数学な研究室だった. 2 シャノンの論文も読んだ. というよりシャノンの論文を理解するだけで終わった.

そういう思い出深い情報理論、そして競馬の勉強. わたしは実は、大学生のときは、シャノンは知っていてもエドワードソープのことを知らなかった. しかし、そんなソープとシャノンがルーレットの共同研究をしたというエピソード. わたしの思い出的にも、とても心に突き刺さるものがあった.

人生のエッジに賭ける、ほとんどの人は確率を理解できない

「Finding the Edge/エッジを見つける」とは、さまざまな状況で有利な立場や優位性を確立することを意味する.

Edward Thorp on gaining an edge in the market and in life - YouTube

ほとんどの人には確率がわからない.

人はリスクやリターン、不確実性のことはまずわからない. p222

書籍や動画の中では、投資だけではなく、人生においてもエッジを見つけることを言っているところはおもしろい. 喫煙は死亡リスクを高める.

計算可能性に従うこと、計算可能性を信念に変えること

ここで投資に対する批判という、面白い視点をぶっ込んでみる.

【宮台真司が解き明かす】 恋愛感情はグローバリストの"餌食"だ──スマホ社会に仕掛けられた搾取の構造 - YouTube

マルクス曰く、資本主義は資本の自己増殖システム. 増殖システムにおいて、労働者も資本家もツール. 資本の増殖に貢献できなければ退場して終わり. 投資では計算可能性が必要. 市場は人を入れ替え可能にし没人格化させる. システムのなかでよく振る舞うために条件プログラムに従う->ウェーバーの議論.

ここはなんかマルクスからヴェーバーという飛躍があって労働者視点だが、問題は投資家はどうなんだ?ということ. 投資をする側は関係ないのか?今まではそれでよくてもこれからはAIの時代がやってくる. 市場は投資をする資本家を入れ替え可能にする、誰でもいい=botでいい. アルゴリズムに従って期待値を計算して投資しつづけるAI Agent 投資家. 当然人間よりもAIの方が投資パフォーマンスを上回り、人間投資家は市場から退場する?資本はbotによって自己増殖をし続ける?なんだかSFになってきた.

しかし、そもそもだが、ソープはブラックジャックやルーレットをハッキングするときに期待値とか計算したのか?計算可能性を信じたのか?いや、オレ数学物理の天才だからという自信を信じたのか?400年必勝法がないと言われたらそれに従わないのはどう考えてもアウトサイダー.

このことは、はじめに書いてある.

目には見えない物事が従う法則を、ただ考えることで発見でき、そうして発見したことを使って世界を変えることか出来る. そんな考えが若い頃から私を動かしてきた.

環境のなせる業で、私はたいたい独学であり、おかげで人と違う見方をするようになった.

ギャンブルや投資、リスク、資産運用、財産形成、そして人生について、人と違う見方をする助けになってくれればと願っている.

ほとんどの人は人と違うことをすることができない. それは本能的なものなのかもしれないが、人と違うなにかをするために、なにを信じればいいかというと、自分で考えた結果手に入れる目に見えないなにか.

入れ替え可能な没人格というのは、今やAIからみて入れ替え可能であるかという、一歩進んだ視点となっている. そして、AIにとって入れ替え可能でない人間とは、計算可能でないこと. しかし、計算可能出ないなにか頭のおかしい挙動をするためには、考えることによって導き出したなにかを信じること.


  1. Fall 2019 Exhibit | Finding the Edge: The Work and Insights of Edward O. Thorp - YouTube ↩︎

  2. Amazon.co.jp: 情報理論 -基礎と広がり- : Thomas M.Cover, Joy A.Thomas, 山本 博資, 古賀 弘樹, 有村 光晴, 岩本 貢: 本, Elements of Information Theory. まだわたしのころは第二版の日本語訳なかった. ↩︎