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自分は、果たしてプログラミングが好きなのだろうか?

ドラクエをしているほうが楽しい.

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快感からプログラミングをしている…それは欺瞞

プログラムが動いたときの喜びを味わいたいからプログラミングをするんだ.

なにかを作り上げたという達成感のためにプログラミングをするんだ.

知的探求心を満たすためにプログラミングをするんだ.

たしかに、それはあるだろう。
しかし、それはきれいごとで、他人の目を気にした言い分ではないだろうか?

快感からやっている、知的好奇心からやっている、それらは言い訳ではないだろうか?

無能さを感じる

デバッグが苦痛だ. どうして解決できないのか…
自分の無能さを舌なめずりしている苦さを感じる.

また、他人のブログを読んでいると、世の中には、たくさん優秀な人たちがいるなぁと思う.

自分は学生のころから、それほど頭がいいわけではない。
どうやっても、頭のいい人においつけない.

義務感と焦燥感からプログラミングをしている

昔から、いつも自分の進むべき道を探してきた.

自分ば、将来一体なにになるのだろうか?とても不安だった.

いろいろあって、プログラマという道を選んだのだった.
それは、つい最近だった.
もっと、学生のときからプログラミングをまなんでいればよかったと、
いつも思う.

長年かかったけれども、ようやく絞った自分の道だ、
これを誤った選択だとしたくない.

プログラミングの先になにがあるのか

プログラミングの先になにがあるのか?目指すべき目標は?

虚しさを埋めるためにプログラミングをしている気がする.

結局、自分の存在が虚しくて、
それを埋めるためにプログラミングという旗をめがけて生きている.
なにかを目指して頑張っていないと、空虚さに押しつぶされてしまう.

自分は好きでプログラミングをしているわけではない.

– 意図的にプログラミングという目標を定めて、
– 義務的にしている気がしてならない、

これが今日の結論.

プログラミングの先にはなにもない。もともとが空虚なところから始まっているのだ.

シーシュボスの神話のようだ。