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リーダブルコードを読んだので、その感想を。

 

小ネタの玉手箱

本の内容は、ソースコードを読みやすくするためのちょっとした工夫が並べられている。
例えば、目次から抜粋すると、

  • 名前に情報を追加する
  • コメントのためのコメントをしない
  • コードの意図を書く

C言語、JavaScripなど、いろいろな言語で例が書かれているが、問題なく読める。
むしろ、わかりやすさとは言語共通なのだということに気づく。

論理的なif文、for文の作法に加え、コメントや名前の付け方など、見栄えの部分にもたくさんページ数が割かれているところが新鮮。

現実とのジレンマ

コードを書くには文系の才能が必要?

コードを書くことは、文章を書くことにより近いと、最近思う。
わけあって今度、TC検定(テクニカルライティング検定)を受験する。
わかりやすい文章を書くこととわかりやすいコードを書くということは似ているのだ。

プログラミングは理系の才能よりも、文系の才能の方が必要なのでは、と思う。

毎朝の決意表明のために

毎朝、仕事を始める前に15分間読むようにしてきた。
そのことで、毎日読みやすいコードを書くことを朝一に決意するためだ。
(その決意は時間が経つに連れて、"時間がない"という悪魔の囁きによって由来でしまう)

美しさと正しさについて

さあ、リーダブルコードを読んだ。
ソースコードに対する美的感覚を研ぎ澄ませた。
他人のコードに対する醜さにも敏感になった。

しかし、コードレビューで指摘をすることができない。

指摘はするのだけれども、少しだけ指摘する。
他人のコードの汚い部分がたくさんある場合は、遠慮してしまう。

リーダブルコードに書いてあったような、関数分割や命名規約、コメントを実践しようとすると「なんでそんなふうにするの?」と逆に指摘を受けたりする。
それが、「リーダブルコードに書いてあったからです、美しいからです」とはいわない。
「わかりやすいと自分が信じているからです」と応える。

長年の間に身につけた自分のスタイルがあると、そのスタイルに合致するものが美しいと感じて、それ以外のものは醜いと感じるのだろう。それを「間違っています、リーダブルコードに書いてあるこういう書き方の方が正しいんです」とは言えない。

自分は、リーダブルコードをもとに自分のスタイルを見なおそうと思う。